2025年11月26日、68歳の誕生日を記念して奥の細道を歩き継ぐ。
今日は、壬生駅から楡木駅へ向かい、いよいよ鹿沼市に入る。
壬生駅に慈覚大師円仁の故郷との看板がある。『入唐求法巡礼行記』が有名ではあるが、残念ながら読んではいない。
比叡山延暦寺初代座主の義真は、最澄とともに唐に渡っているが最澄の直接の弟子ではない。
義真亡き後、義真の指名した円修は座主になれず、最澄の弟子・円澄が第二代座主となる。このように延暦寺には最澄派と義真派の二つの勢力があり、円仁は最澄派のエースである。円仁によって叡山は密教を取り入れ大きく変貌する。いわゆる台密である。当時の密教の置かれた位置を考えれば必然の流れだったかもしれない。
その円仁の生誕の地が奥の細道の道中にある壬生寺だという。芭蕉は何も触れていない。
曾良の日記を確認すると、壬生について「壬生ヨリ楡木へ二リ。ミブヨリ半道バカリ行テ、吉次ガ塚、右ノ方廿間バカリ畠中ニ有」と吉次の塚には触れている。
壬生駅発10時35分、楡木駅着13時8分。次回は鹿沼止まりか。
※帰途、遅い昼食を取るために栃木駅下車。駅構内の街角ピアノで「One more time,One more chance」を弾く男性がいる。
少しばかり聴かせていただき「ありがとう」と声をかけた。
11月23日、長野県の御代田句会に参加しました。(実は、私は御代田町の準町民でもあります)
句会報告と云うよりも、長野県・御代田町の「食レポ」のようになってしまいましたね。
2025年11月9日、10日に、三重県上野市にて1泊吟行を行いました。
なお、芭蕉顕彰会の植田美由喜事務局長にはさまざまなご配慮をいただき無事吟行会が開催出来ましたことを心から感謝いたします。

10月22日、国立能楽堂の見学をさせていただきました。
秋時雨の落ち着いた雰囲気の中、お庭やお屋敷内を拝見させていただき、13時から句会。

また、せっかくなので「しもつけ風土記の丘」にも寄り道する。
途中で、散歩中の男性に道を尋ねながら道標を頼りに「室の八島」へ。
大会は、故大高霧海主宰のご夫人、敏子様のご挨拶でスタート。続いて兼題「霧」「月」での記念句会が行われました。
